世界屈指のクリスタルガラス製造会社であるスワロフスキーの創業者ダニエル・スワロフスキー(1862年〜1914年)はチェコ生まれのガラス製造業者です。ハンドカットクリスタル職人の息子として生まれた彼は、電気発明に強い関心を持ち、自らジュエリーストーンを精巧かつ正確に行える機会を発明し、成功をおさめます。人里離れたこの地を拠点としたのは、水力発電が必要だった為と透明度の高いクリスタルの技術を死守するためだったとか…。今も昔も同じですね。最後に私の大好きな日本物と西ドイツのビンテージビーズの歴史についてです。
日本語の「硝子(ガラス)」という言葉の語源は、英語やドイツ語のグラスからきており、明治以降つかわれてます。江戸以前は、瑠璃・波璃、びーどろ(ポルトガル語)ぎやまん(オランダ語)などと呼ばれていました。□ビーズの歴史。食器などのガラスはヨーロッパで古くから使われてきたのはわかるけど、ガラス玉は?あんまりきいたことないですよね。ガラス玉は、たとえば日本でも、古墳から出土したガラスビーズが数千個、さらに正倉院に海を渡ってきたビーズが数千個とあるくらい、普通にあったもので、特に注目されなかったので、たぶん記述がないのでしょう。
アンティーク風のイメージを喚起する美しいコーティングでもよく知られています。ファンシービーズも雰囲気がありますね。とにかくバリエーションが豊富なので、活用範囲が広いのが特徴です。価格的には、基本のファイヤーポリッシュ3〜4mmが100個で230円前後、ファンシービーズが10個で100円前後が相場のようです。どんな歴史をもつの?チェコ西部(北ボヘミア)では、昔からガラス産業がさかんでしたが、17世紀末、ヴェネチアン・ガラスに対抗するために「カリ・クリスタル」という新製法が開発されました。
“シルクロード”という言葉は誰しもが知っていると思います.中国で作られるようになった絹糸や絹織物がユーラシア大陸の内陸ルートを経て,西アジア,ヨーロッパにまで交易されました.当時は世界で通用する貨幣というものが無く,絹製品は交易品でもあり,また通貨の役割を果たしていたわけです.シルクロード=“絹の道”と名づけられるほど盛んに交易されていた絹製品ですが,その絹製品よりももっと広範囲に世界各地に交易されていたものといえば, それが他ならぬ,石やガラスで作られた“ビーズ”だったのだということが,長年ビーズを探して旅を続けているうちに理解されるようになってきたのです.
大切なことはしっかりと観察すること.人の言うことをすぐに信じないこと.考えても考えても分からなければ,旅に出ればいい.マクドナルド以外にも世界にはビーズの数ほど美味い料理があるということを知るだけでも行く価値はある.そこで見つけてきたらいい.君自身が宇宙の多様性の中のたったひとつの固有の生命だということを.一本のシラカバの木だって,個性的な穂を身にまとって個性をアピールしています.人類の歴史と共に歩んできたビーズもまた人の多様性を示唆するかのように多種多様です.古い物に対して,愛着を感じるという人たちに共通していることがいくつかあります.
ガラスは、含有物によって様々な種類にわかれます。 ガラスの中でもクリスタル ガラスは、最も透明度の高いガラスです。ガラスの表面をカットすると、輝きと光の屈折が増します。無色透明で良質なクリスタル・ガラスを素材に選ぶことでより一層輝きのある物に成ります。このため欧米では、今日でもボヘミア クリスタルガラスが最も価値あるガラスと認められています。ボヘミア独自のモチーフの多くは、民族レース工芸に由来しています。(中世ボヘミア地方は、レースの産地でもありました。)クリスタルは、ガラス本来の純粋な美しさを持ったガラスのみを形容する言葉。
ヨーロッパ向けのヨーロピアンスタイルの他に、アフリカ、中東そしてインド向けにさまざまなデザインを展開していきました。Peter Francis氏の著述に、彼らは\”sample men\”というシステムを作り、世界中の辺鄙な土地にまで人を送り、そこで最も価値があるとされている宝を買い取り、ボヘミアに送ってイミテーションを作り、どんどん商売にしていったという興味深い記述があります。(参考)とんぼ玉博物館の11番目にサンプルマンのペンダントトップを載せました。ボヘミアの成功の一因となったのは、「型」の使用です。
その後今日に至るまで、職人たちの気質に守られた伝統的な技法と、様々な芸術の要素を取り入れる積極的な姿勢で世界的に高い評価を受け続けています。 ひとつひとつの作品にはこうして形作られてきたボヘミアグラスの長い歴史が刻み込まれているのです。その芸術品ともいうべきガラスに触れることで、その歴史を感じることができるかもしれません。昨今のビーズブームの主役とも言えるガラスビーズ。輝き、カットの精巧さに魅入られた方も多いのでは。オーストリアのチロル地方に本社があり、年間200億個以上のクリスタルジュエリーストーンを製造販売するクリスタル製造の企業です。
ごく初期のガラスのシードビーズは、南インドからこの地域へ伝わったものである。他の素材のビ−ズと組み合わせて、儀礼的に交換する贈り物としてふさわしい作品に仕立てられました。素焼きや彩陶ビーズの製法は、ビーズ作りの発達のべつの段階を代表しています。というのは、これらの素材はあとから切断したり穴をあけるのではなく、はじめからビ−ズの形に作るものだからです。とくに、石英の砂に色のついた柚薬をかけて焼いた彩陶、すなわちファイアンスは、本物のガラスに先駆けて、ビーズ玉が比較的安価に量産された最古の例だと考えられています。
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